'84年9月刊
この人の作品のおもしろさって意外性っていうかどんでん返しの妙にあると思う。よく考えるとそんなムチャなって設定もあるけどそれが気持ちよかったりする。ここでいうと(花衣の客)がそれに当たるかな。この短編集はどんでん返しの連作って訳じゃないけど意外性があって話の中の一つ一つのエピソードが伏線となって後で生きてくる。
あ、それと明治〜大正期の情景を描かせるとうまい。時間の流れが時代物と現代物のちょうど中間に感じられるのが心地よい。
ちょっと物悲しい雰囲気も独特だよね。(炎)ではアリバイトリックっぽいのが使われるけどそれがメインではなく生きる甲斐を見失った男と女の心の重なりが儚く描かれる。
また道具がモチーフとして使われている。(瓦斯灯)の花簪、(花衣の客)の蝋月(白いしたたりのある茶碗)、(炎)の懐中時計とランプ。どれも物語の重要な役割と雰囲気作りに一役買ってる。
(親愛なるエス君へ)は他の作品とはちょっと異なる。たまにこう言う異色な作品が混じることがある。これも意外性はあるけどちょっとムチャかな。もうこんな事件があったことを覚えてる人も少ないんだろうな。
(瓦斯灯)
人を殺め監獄へ入った亭主の佳助の出所を待つ峰は内職程度に針で生計をたてていた。生まれ育った深川へ戻った峰は幼馴染でかつて夫婦の契りを交わしながらある事情で裏切る形となった倉田安蔵とひょんなことから再会する。安蔵は瓦斯灯に夕方に火を点け朝に火を消す点灯夫の仕事をしていた。
峰の一人娘千代も安蔵になつき千代が安蔵からもらった花簪を目にした時、峰は子供の頃安蔵が自分のために簪を盗んでくれたことを思い出していた。
安蔵を裏切ることとなった事情とは峰の父親が集金袋を盗まれ、それを都合してもらう代わりに峰が身売りするようにそこへ嫁いだのであった。
峰は安蔵との復縁を望み安蔵にそれとなく申し出る。安蔵は峰がかつて裏切ったことを口にするが承諾する。峰の父親の金が盗まれた時自分を疑ったかを聞くが峰は否定する。
一緒に暮らすようになったある日、千代が安蔵からもらった簪が盗品だと分かり安蔵の盗癖は身に染み付いた悪癖ではないかと疑う。台風一過の日、安蔵の家を訪ねた峰は骨壷の中の二百円を見つける。峰はそれは父親が盗まれた金に間違いないと確信する。
(花衣の客)
紫津は、かつて自分の母親と関係を持ち一度は心中事件をも起こした飯倉健蔵の死に際に立ち会っていた。飯倉は月に一度父の遺品の骨董を見に母の下へ来る者の一人だった。飯倉の妻が紫津の母を訪ねたことがあり、それ以来飯倉の妻は母に高価なしかし派手すぎるくらいの着物を送ってきた。母はその着物を仕立て直して飯倉が訪れる時には必ず着ていた。二度目に訪れた時、帰りがけに母に似ていると言われ頬を打たれる。その十日後母は飯倉と心中事件を起こし命を落とす。その後紫津は月に一度の飯倉との逢瀬のために22年間生きたが飯倉は紫津に触れることはなかった。その22年間紫津は死んだ母と戦い続けていた。
(炎)
戦地へ向かう前の日に娼家へあがった辰治は自分の命を諦めているなら自分を道連れにしてくれと女から言われる。ひと眠りした辰治の懐中時計は9時少し前を指していた。その後、女が、客で来ていた竜三という男を送り出す姿を見かける。辰治の時計が零時を回る頃刑事が訪ねてくる。竜三のアリバイを聞かれるが女は9時に出て行ったと証言する。女は辰治に証言を求めるが辰治はその男なら10時に出て行ったと証言する。
(火箭)
美術誌の編集に携わる野上秋彦は戦後の画壇の重鎮伊織周蔵の葬儀の後、遺作である「火矢」を目にするがそのほとんどが黒一色に塗り潰されておりそこに一本の火矢が描かれただけの絵であった。野上は伊織夫人の彰子から奈良へ誘われる。二人は一年前から関係を持っていた。彰子から、伊織の死は自殺で二人の関係を知っており「火矢」には火に焼かれ苦しむ二人が描かれていたが自分が黒く塗り潰したと告白される。
(親愛なるエス君へ)
当時パリで話題となった事件を起こしたエス君への書簡体形式の一人称で語られる。エス君を”親愛なる友”として共感を覚える自分は、車で人を轢き、助け出そうとした自分をも撥ねた女に入院先の病院の女医として出会い、生け贄とすることに決める。彼女をホテルに招きいれた自分は風呂場で斧を振り上げる。
(ネタバレ)
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