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2007-11-28 10:35 | カテゴリ:洋画
braveone>'07米作品
監督・脚本:ニール・ジョーダン 
出演:ジョディ・フォスター、テレンス・ハワード、ナビーン・アンドリュース、メアリー・スティーンバージェン 他

 前2作(「パニックルーム」「フライトプラン」)に比べると弱さを抱合した役柄で好きだな。前からの流れでくると恋人を殺された復讐のため冷徹な殺人鬼になってくってストーリーになりそうだけどそうじゃなかった。最初は自分の身を守るために人を殺してしまうけどその後は正義のために人を殺す方向に走ってく(護身→来るなら来い→人助け→悪人退治)。ともするとアメコミヒーロー的な流れになりそうだけどその弱さゆえに何とか人間側に踏みとどまってる。
 最初にコンビニで人を撃った時は恐怖、驚き、不安、色んな感情が入り混じってる表情を見せてくれる。犯罪者を狙う時は悪人顔になってるんだよね。クライマックスのラストシーンでも切羽詰ったギリギリの表情を見せてくれる。
 退院の後怖くてなかなか外へ出られない。出ても人の動きに敏感になってしまう。そんなにビクついてたのに見ず知らずの男についてって銃を買うかねってツッコミもあるけど。
 
(ストーリー)
jf1 NYでFMラジオのパーソナルティーを務めるエリカ・ベイン(ジョディ・フォスター)はデイビット・キルマーニ(ナビーン・アンドリュース)との結婚を控え平和に暮らしていた。ある日の夕暮れ、愛犬を連れて散歩に出た二人は暴漢に襲われエリカは重傷を負いデイビットは殺されてしまう。退院しアパートへ戻ったが恐怖に怯えるエリカは拳銃を身に付ける。
 エリカは偶然入ったコンビニで男がレジにいた元妻を撃ち殺す場面に遭遇する。とっさに身を隠すが携帯が鳴り男に気付かれてしまう。男に見つかりそうになった瞬間エリカは男に発砲し殺してしまう。
 夜の地下鉄で暴力を振るう二人の若者がエリカにナイフを突きつける。エリカは何のためらいもなく二人に発砲する。その捜査にあたるショーン・マーサー刑事(テレンス・ハワード)はコンビニの事件と地下鉄の事件で使われた銃の口径が同じことから同一犯と見なす。jf2マーサー刑事は病院に入院していた見覚えのあるエリカを現場で見かけ声をかける。ごまかすために取材を申し出るエリカだったがそれをきっかけにマーサー刑事はインタビューに応じ、マーサー刑事も犯罪を犯しながら尻尾を掴ませない犯罪者がいることに苛立ちを覚えていることをエリカに話す。
 ある夜エリカは車の中から男に声を掛けられ覗いた窓からぐったりした女性が見えたことから車に乗り込む。銃を突きつけ女性を助け出すが男は二人に向かって車を走らす。エリカは発砲するが車は女性を撥ねてしまう。
 番組で視聴者の声を聞いたエリカは自責の念に駆られ警察へ行くが自首できないまま立ち去る。
 ある夜眠れないとエリカから電話がかかってくる。その時エリカはマーサー刑事が追っていた男を付け狙っていた。屋上の駐車場から男を突き落とすがエリカもまた腕にケガを負ってしまう。捜査にあたるマーサー刑事は昨夜のエリカの電話から聞いた音が犯行現場のエレベーターの音と同じことに気付き、携帯の発信地点を調べると殺害現場近くからだった。車に撥ねられた女性にエリカを会わせるが女性は何も話さなかった。マーサー刑事は自分の親友でも犯罪を犯せば逮捕することが自分の信念であるとエリカに話す。
(ネタバレ)
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【ジャンル】:映画 【テーマ】:映画感想
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2007-11-17 22:22 | カテゴリ:その他
 小説の表現方法としての視点って色々あると思う。登場人物の行動全てが見渡せ、心の中まで見える「神の視点」とか一人称で本人(大体が主人公)の視点(自分が見聞きしたことで話が進んでいく)。佐野洋みたいに「見た」と「目を向けた」ほどこだわりはしないけど(「見た」かどうかは本人しか分からないから傍者の視点では「見た」とは書けない)、視点がごっちゃになると違和感を感じる。 
 例えば「火車」の冒頭のシーンで「本間俊介は・・・右手で手すりをつかみ、左手に閉じた傘を持って立っていた。」とあって「神の視点」って思えるんだけどそのあと「実際、座ったほうがよほど楽なのだ。午前中のうちに家を出て、理学療法をみっちり受け、そのあと捜査課に寄ってきた。」「初めてちくりと後悔した。」「そんなことを考えて、ふと思い出した。」と主語なしの表現が続くと本間俊介の心の中の独白って思っちゃう。だからこの場面は本間俊介の視点で描かれてるんだなって思ってるところへ、今度は「本間にはどうしてもそう思える。」「本間は智を振り返った。」とあると、はぁ?って思っちゃう。本間俊介の視点で書かれているのに「本間は」ってことはもうひとり「本間」がいるのかとさえ思ってしまう。めまぐるしく変わっていく。まだ章によって変えるとかであれば許せるんだけど。
 そうすると主語があるかないかで違うんだな。主語があれば「神の視点」、なければ本人の視点って感じるみたい。さっきの「火車」の表現も例えば「本間は(あるいは俊介は)」をつけるとたちまち「神の視点」になる。
 「闇の底」もそうだった。冒頭何者かが内藤信雄の部屋を訪れ内藤を殺害する場面なんだけど、地の分で「こいつは自分の知るかぎり、いつもこんな目をしていた。」って内藤を見た場面を書いてあるけど当然その人の視点だよね。で、しばらくすると「男は内藤の背中を見つめて…」ってくる。自分の視点なら「男は」なんていらない。もう一人男がいるように思えちゃう。
 確かに一人称の視点だとその人の名前がなかなか出てこないことが多い。自分の名前を自分じゃ言わないからね。だから人に言わせるしかないけどなかなかフルネームでは呼んでくれないから複数人で苗字と名前を別々に呼ばせる必要があるみたい。
2007-11-11 21:53 | カテゴリ:ミステリー
闇の底'06年9月刊

 警察捜査の様子と殺人者の様子がカットバックで描かれる作品。犯人が幼女殺人を食い止めようと事件が起きるたびに過去に幼女殺人を犯した者を殺して警告とする。犯人にも溺愛する紗耶という幼い娘がいる。
 犯人探しもアイデアとしては悪くないけどイマイチかな。短編にして一瞬ミスリードしてすぐバレの方がいい気がする。追う者の心の中にもその悪を認めようとする二面性を描こうとしたんだろうけど。乱歩賞受賞作が気に入って期待して読んだんだけどな。冒頭の視点が気になってその後も飛ばして読んじゃった。

(あらすじ)
 小学生の牧本加奈ちゃんが遺体で発見され埼玉県警日高署に捜査本部が置かれる。三枝利幸と長瀬一樹も捜査に加わることになる。長瀬は小学生の時妹の絵美を自分の不注意から殺されたいう過去を持っていた。
 公園のゴミ箱から生首が発見される。一緒に捨てられていた保険証には木村正次と記されていた。記されていた住所を訪ねると首なし死体が浴槽の中から発見され、その腹部にはSと読める傷跡が残されていた。埼玉県警日高署に捜査本部が置かれ藤川管理官の指揮の下村上康平も捜査に加わる。
 警察とマスコミに犯行声明と木村を殺害したシーンを収めたDVDが届く。そこには、子供が殺される事件が起きれば子供を傷つけてきた人間を生贄にすると書かれてあり内藤信雄・木村正次殺害の犯行声明もあり、自らをサンソンと名乗っていた。
 ある日長瀬は所長から呼ばれ坂戸署の応援に行くことになる。藤川が捜査の切り札として呼んだもので、村上と長瀬がコンビとなって捜査に当たることになる。
 行方不明の幼女が死体で見つかった後ビジネスホテルで伊藤昇が殺される。伊藤は加奈ちゃん殺しで警察からマークされていた前科者だった。
 サンソン擁護の空気もある中、長瀬の過去を知ったマスコミに対し「自分の中にもサンソンがいる」と答えてしまう。
(ネタバレ)
【ジャンル】:小説・文学 【テーマ】:ミステリ
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2007-11-03 17:50 | カテゴリ:その他の本
世にも美しい数学入門 (ちくまプリマー新書)>'05年4月刊
 「博士が愛した数式」の小川洋子と数学者藤原正彦のエッセイ風の対談集。へ~、この藤原さんて新田次郎と藤原ていの息子なんだ。
 数学では神様がそこに美を隠してるから美しい方法があるはずって思いながら数学者が研究してるなんて知ってたら数学の授業も違ってたんだろうな。ヨーロッパには、宇宙は神様がつくったものなので美しい調和に満ちているって先入観があってニュートンなんかその調和は数学で書かれているはずなんてすごい偏見を持っていたらしい。数学は美しいかどうかが重要で、役には立たないけど人間の感激したいっていう欲求を満たすという意味で価値は高いって言ってる。
 数なんて概念は人間が作った(発見した?)もののはずなのに、そこにはそれ独自の世界(法則)が存在してる。物理も化学も宇宙とか違う世界へ行けば定理は崩れるし今でもどんどん新しい発見があってそれまでのものが覆されるけど、数学だけはどこへ行っても同じって言ってる。全然無関係の世界から構築された概念がひょっこり結びついたりする。円から発見されたπが「オイラーの定理」やら「ビュッフォンの針の問題」とか円とは縁もゆかりもない(^^;ところへやたらめったら出てくるらしい。不思議だよね。だから神様が作ったものとしか思えないってことになる。
 天才数学者の生まれる条件は第一に何か(神、自然、伝統)に対してひざまずく、第二に子供の頃から美しいものを見ていること、第三に精神性(文学、芸術、宗教)を尊ぶことって言ってる。数学者にはならなくてもいいけどあらまほしきものって感じだよね。
 「暗記(暗唱)することで人は言葉や数を宝石に変えられる」って言葉もそうなのかって思ったけど、それだけで脳の大半占めちゃいそうな気もする。頭のいい人の話なのかな?
 江夏が「28(完全数)」って背番号をつけてたのは阪神時代だけだったから南海へトレードされた76年で博士の記憶が途切れることにしようって言ってる。なるほどそこが主題だったのか。でも映画じゃ強調されてなかったな。

 「ビュッフォンの針の問題」何本も引いた同じ幅の平行線にその幅の半分の長さの針を落とすと針が平行線に触れる確率は1/π(らしい)。
【ジャンル】:本・雑誌 【テーマ】:読書メモ
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